愛着障害b
脱抑制型対人交流障害(DSED)とは
脱抑制型対人交流障害(Disinhibited Social Engagement Disorder、略してDSED)は、見知らぬ人にもすぐに親しげに近づいてしまい、人との「距離感」をつかむのが極端に難しいという特徴を持った障害です。
初対面の大人に抱きついたり、手をつないだり、「お父さん・お母さんみたい」と言って甘えたりする行動が見られます。本人にとっては「ごく自然なふるまい」かもしれませんが、実際には誰が安全な人で、誰がそうではないかという判断が育っていない状態です。
一見すると「人懐っこい子」にも見えるかもしれませんが、それは愛着の問題が原因となっていることがあります。
どんな行動が見られる?
DSEDの特徴的な行動は、以下のようなものがあります:
- 見知らぬ人に対しても躊躇なく話しかける、接近する
- 初対面でも抱きついたり、手をつないだりする
- 「一緒に帰ろう」などと平気で言う
- 特定の大人(親や養育者)に対する愛着が薄く、誰とでも同じように接する
- 危険な人・状況に対して警戒しない
- 年齢に合わない甘え方をする
たとえば、スーパーや公園などで「知らない人についていく」「ベタベタくっついていく」ような行動が見られる場合、DSEDの可能性があるかもしれません。
「甘えん坊」や「愛想がいい」との違い
DSEDのある子どもは、周囲の大人から「社交的で明るい子」と誤解されることがよくあります。
しかし、相手の反応や立場を考えずに距離を詰めてしまうという点で、普通の「人懐っこさ」とは異なります。
通常、子どもは成長するにつれて「この人には近づいてもいいけれど、この人はまだ知らない人だから様子を見よう」という判断ができるようになります。
しかしDSEDの子どもは、そのような警戒心や自己保護の感覚がうまく育っていないため、誰に対しても境界線なく接してしまうのです。
なぜこうした行動が起きるのか
DSEDは、「安心できる特定の大人との関係」が育たなかった子どもに起きやすい障害です。
これは、乳幼児期に次のような経験があったことが背景にあります:
- 育児放棄(ネグレクト)や虐待を受けた
- 泣いても誰にも反応してもらえなかった
- 何度も施設を転々とした、里親が変わった
- 養育者が常に忙しく、情緒的な関わりがほとんどなかった
- 愛情を受け取れる経験がほとんどなかった
子どもは本来、「この人がいつもそばにいてくれる」と感じることで、人と関わる基本的な安心感や信頼感を学びます。
しかし、そうした経験が欠けていると、「誰か1人に頼っても不安定だ」「だったら誰でもいいから近くにいた方が安心できる」という不安からの行動が身についてしまうのです。
RADとの違い
脱抑制型対人交流障害(DSED)は、同じ愛着障害の一種である反応性アタッチメント障害(RAD)としばしば混同されますが、性質は真逆です。
特徴 | RAD | DSED |
---|---|---|
人との距離 | 避ける/閉じる | 近づきすぎる/開きすぎる |
感情表現 | 少ない、抑える | 過剰、衝動的 |
信頼の傾向 | 誰も信じられない | 誰でも信じすぎる |
見た目の印象 | 無関心、冷たい | 愛想がいい、明るい |
つまり、RADは「自分を守るために人を遠ざける」のに対し、DSEDは「安心できないから誰にでも近づいてしまう」のです。
本人の心の中では何が起きているのか
DSEDの子どもは、「誰かにそばにいてほしい」という気持ちを強く持っています。
しかしそれが、相手との信頼関係に基づいて行われているわけではなく、見境なく求めてしまうという形で現れます。
本人に悪気があるわけではなく、「どう接すればよいか分からない」「人との境界線が分からない」という状態なのです。
また、相手に断られたり無視されたりすると、すぐに他の人に行ってしまうなど、一人の人と深い関係を築くことも苦手です。
支援のヒント・関わり方
DSEDのある子どもには、「安心できる関係」を丁寧に育て直す必要があります。
以下のような関わりが有効です:
- 常にそばにいる大人が、同じように対応を続ける(ブレないことが大切)
- 「誰でもいいわけじゃないよ」「この人だから安心なんだよ」と伝える体験を増やす
- 「今は○○さんと一緒にいるからね」と関係の安定性を意識的に言葉で伝える
- 無理に引き離したり叱ったりするのではなく、安全な距離感を一緒に学んでいく
- 「近づくこと=悪いこと」ではなく、「相手の気持ちを考えて距離をとること」も教えていく
- 学校や支援者とも連携し、周囲の理解を得る
DSEDは本人の性格や家庭のしつけの問題ではありません。安心を育て直すには時間がかかりますが、繰り返しの関わりの中で、少しずつ境界線の感覚を学んでいくことができます。
大人になっても影響は残る?
DSEDの特徴は、大人になっても人間関係のパターンに影響を及ぼすことがあります。
- 恋愛で過度に相手に依存してしまう
- 深い関係を築くのが難しく、すぐに人が入れ替わる
- 相手に合わせすぎて自分を見失ってしまう
- 自分の気持ちよりも相手の評価を優先してしまう
このような傾向がある場合、DSEDの影響が残っている可能性もあります。
大人の場合も、「自分の関係性のクセ」に気づくことで、少しずつ変えていくことができます。
回復への道のり
DSEDは、適切な支援と安定した関係を通して、改善していくことが可能です。
子どもも大人も、「誰でもいいのではなく、この人だから安心できる」という経験を積み重ねることで、少しずつ心の境界線を築いていけます。
大切なのは、一貫性と継続性のある関わり。
関係が途中で切れてしまったり、対応が急に変わると、かえって不安が強まってしまいます。
焦らず、本人のペースに合わせて支えていくことで、安心感と信頼感が育まれていきます。
まとめ
脱抑制型対人交流障害(DSED)は、人との距離感がうまくつかめず、誰にでもすぐに親しく接してしまう障害です。
一見「社交的」や「人懐っこい」と思われがちですが、実際は「誰でもいいからそばにいてほしい」という深い不安の表れであることが少なくありません。
特定の人と安心できる関係を少しずつ育てていくことで、人との距離のとり方や信頼の築き方を学ぶことができます。
このページが、DSEDという障害を正しく知るきっかけとなり、誰かの理解や支援の一歩となれば幸いです。